この2年間。特に何も無く、私は人並みの日々を送っていた。もちろん、中等部最後の1年もそうなるものだと思っていた。
でも・・・・・・、今年は少し違うかもしれない。
「ちゃん、おはよう。」
「あ、おはよう。滝くん。」
「一緒に行ってもいいかな?」
「うん。同じクラスだもん。一緒に行こうよ。」
「ありがとう。でも、もし他のクラスとか職員室とか、行くところがあったら、遠慮なく言ってくれていいからね?俺は先に行ってるから。」
クラスメイトの滝くんはそう言って、いつも通り、爽やかな笑みを浮かべた。
この滝くんこそが、私の日々を変えるかもしれない原因だ。
滝くんとは去年から、同じクラスだった。学年が変わって、また同じ教室で会ったとき、滝くんから声をかけてくれた。
「今年も一緒だね、さん。中等部最後の1年、よろしく。」
「こちらこそよろしくね、滝くん。」
最初は、そんなただの挨拶をしただけだった。でも、滝くんがその後に続けた言葉が・・・・・・。
「突然なんだけど・・・。さんのこと、ちゃんって呼ばせてもらってもいい?」
「ん?別にいいよー。」
「ありがとう。俺、さんのことが好きだから、そう呼びたかったんだよね。だから、さんも俺のこと、名前で呼んでくれていいから。」
爽やかな笑顔であまりにあっさりと言われ、私は滝くんの言っていることの重大さに気付けていなかった。だから、私は普通に返事をしたんだけど・・・・・・、よく考えれば途中にすごい言葉が入ってる。ってことに喋っている間に気付いた。でも、何かの間違いかなとも思って、結局私はいつも通りに返してしまった。
「そう?ありがとう。でも、突然呼ぶのは、何だか恥ずかしいから、私は滝くんでいいや。」
「そっか。・・・じゃあ、もしちゃんも俺のことを好きになったら、そのときは名前で呼ぶかどうか、また考えてみてね。」
でも、さすがに2度もそんなことを言われたら、気付かないわけがなかった。だから、滝くんは私のことを好きでいてくれてるんだろうけど・・・。それから、滝くんの態度が大きく変わることはなかった。
ただ、今朝みたいに、教室まで一緒に行こうと言われたりする機会は多くなった。それに、私が断りやすいような誘い方をしてくれる。
・・・やっぱり、私のことが好きだから、そういうことをしてくれるのかな?
「どうかした、ちゃん?」
「えっ?!ううん!何でもないよ?」
「そう、よかった。」
私がそのときのことを思い出しながら考え事をしていると、滝くんが私の異変に気付いてくれたみたいで、そう声をかけてくれた。
こうやって、すぐに私の変化に気付いてくれるのも、やっぱり好きだからなのかな??
でも、未だに信じられない。だって、滝くんは、あのテニス部の1人。しかも、今は違うらしいけど、少し前までは、より人気のある正レギュラーの一員だった。・・・・・・ってことは、少なくとも、私に告白してくれたときは、正レギュラーだったんだよね。そう考えると、余計に信じられない。もちろん、正レギュラーなんかじゃなくたって、滝くんはすごく優しいし、カッコイイし、モテると思う。
それに比べて私なんて、何の取り得も変哲も無いし、人を惹きつけるような魅力があるとは思えない。でも、現実に滝くんは私のことを好きだと言ってくれた。優しい滝くんがからかっているわけはないだろうし・・・・・・。
「――ちゃん??」
「え?・・・・・・何?どうしたの??」
「うん・・・いや・・・・・・。今日の1時間目って数学だっけ?」
「そうだね。今日は宿題、出てなかったよね?」
「うん、出てなかったね。」
「よかったー。」
私がほっと息をついてみせると、滝くんは静かに微笑んだ。
・・・・・・本当は、また私が考え事をしていることに、滝くんは気付いたんだろう。だから、私に問いかけてくれた。でも、私が何でもないような素振りをしたから、それに合わせてくれたんだ。
やっぱり、滝くんは優しいな。こんな素敵な人に、好きだなんて言ってもらえて、贅沢すぎるよ・・・・・・。
本当は、私だって滝くんに対して好意を持っていた。だから、今年も同じクラスになれて、しかも、すぐに声をかけてくれて、すごく嬉しかった。でも、まさか告白されるなんて思ってもみなかったから・・・・・・。
そして、それから滝くんと仲良くなって。どんどん滝くんの良さを知っていって・・・・・・。ただの“好意”から、恋愛感情の“好き”に変わるのは、すごく当然のことだったと思う。でも、先に告白されている所為で、本当に自分は滝くんのことが好きなんだろうかと思うようになった。そう言ってもらえたから、自分も好きになっておけばいいかと考えてるんじゃないだろうか、とか・・・・・・。
そうやって、自分の気持ちに素直になれないまま、時は過ぎ・・・・・・。結局、その間にも私は滝くんに惹かれていくばかりだった。そうしていく内に、滝くんを遠い存在だと感じるようになってしまって、今度は自分とは釣り合わないから、という理由で自分の想いと向き合うことができなくなった。
でも、滝くんは変わらず私に接してくれているということは、私の返事を待っているんだろう。いつまでも、それに答えずにいるわけにはいかない。
意を決し、私はお昼休みに滝くんと話そうと考えた。そこに、いつも通り、滝くんが声をかけてくれた。
「ちゃん。」
「あ、滝くん。お昼一緒に食べる?」
「うん。俺も今、誘おうと思ってたとこ。」
「よかった。それじゃ、今日は外で食べない?いい天気だし。」
「いいね。そうしようか。」
仲良く連れ立つ私たちを、クラスメイトは特に気にする様子も無い。・・・・・・それも当然か。最近、滝くんが話しかけてくれるおかげで、私たちは一緒に行動していることが多い。それで、付き合っているんじゃないかと噂されていることも知っている。と同時に、羨ましそうに少し鋭い目つきで私を見る女の子たちの存在にも気付いている。
はっきりさせた方がいいと思いつつも、女の子たちの視線が気になって、また一歩踏み出す勇気を無くしてしまいそうになる。
「滝くん、この辺りでいいかな?」
「うん、いいんじゃないかな。周りも静かだし。」
だけど、さっき決意したんだもの。
私は周りに人がいなくて、少しでも話がしやすいような場所を選んだ。
「それじゃ、いただきます!」
「いただきます。」
2人で他愛もない会話をしながら、普段通りにお昼ご飯を食べた。そして、食後もゆっくりと寛ぎながら、しばらくそこに座っていた。
「――・・・・・・ねぇ、滝くん。」
「ん?」
「話しにくいかもしれないんだけど・・・・・・。」
「うん、何かな?」
本当に話しにくいのは、私の方。だけど、そんなことも言ってられない。せっかく、今日はこんな所まで来たんだから。
それに、いつまでもこんな関係のままでいるのは滝くんに悪いし・・・・・・、私のためにも変わりたい。
「今年の初め、滝くんが私に言ってくれたこと、あれって嘘じゃないよね?」
「初めって言うと・・・・・・名前で呼んでもいいかな、って話したりしたときのことだよね?」
「そう。」
「うん、もちろん。あんなこと、嘘で言ったりしないよ。」
「その気持ち、今でも変わってない?」
「変わってないから、今でもちゃんって呼ばせてもらってるし、こうしてお昼も一緒に過ごしてるんだよ。」
「・・・・・・そっか、そうだよね。」
滝くんの答えに、論理的には納得できても、感情的には納得できなかった。
そんな私の表情を見て、滝くんが少し・・・・・・ほんの少し、寂しそうな笑顔になったように見えた。
「もしかして、俺の言うことが信じられない?」
「ううん!そうじゃないの。滝くんのことを疑ってるわけじゃなくて・・・・・・。ただ、滝くんって当時から人気者だったし。それに、私が滝くんのことを知れば知るほど、本当に素敵な人なんだってわかったから、何となく信じられなくて。」
相変わらず、滝くんはあまり表情を変えなかった。でも、さっきよりかは、少しぐらい嬉しそうにも見える。
「そんな風に言ってもらえるのは光栄だけど、俺はそこまで出来た人間じゃないよ。」
「そんなことないよ!本当、私には勿体ないって言うか・・・・・・。」
「それを言うなら、俺の方だよ。」
「そんなっ・・・!!」
それはいくら何でも言いすぎだ。だから、私はまた強く反対しようとしたけど、それは滝くんの言葉で遮られてしまった。
「俺もちゃんのことは信じてるから、ちゃんが俺をそんな風に見てくれているのは本当だと思う。・・・と言うか、そう思いたい、かな。でも、どちらにしても、そんな俺は本当の俺じゃないと思う。」
「本当の滝くん・・・・・・?」
「たしかに、俺はちゃんの前では良いところを見せようとか、優しく見えるようにしようとか、考えて行動しているつもりだから、ちゃんには良いイメージを持ってもらっているかもしれない。でも、それはちゃんのことが好きだから、そうしているのであって、それ以外の人にはきっと、そんなイメージを持ってもらってないと思う。いや、確実に持ってもらってないだろうね。・・・・・・特に、男には。」
「そうなの??」
「だって、ちゃんのことを気にしている男子は、俺以外にもいるはずだからね。だけど、俺がちゃんのことを名前で呼んだり、一緒に行動したりしているから、ちゃんには手を出せない。むしろ、故意にそうしてるわけだけど。」
「・・・・・・。」
「こんな奴を良い人だなんて言えないだろう?」
やっぱり滝くんは笑顔のまま。もしかして、私の気持ちなんてわかってるんじゃないかと思うぐらい。でも、きっとそうじゃなくて。今回のは、自嘲に近い笑みだったんだろう。
どちらにしても、私の答えは決まっている。言うべきことはわかっている。
「そんなことないんじゃない?少なくとも私は嬉しいと思うよ、萩之介くん。」
私の言葉に滝くんは驚いたようだった。初めて笑顔ではなく、少し目と口を開いて呆然とした表情になったから。
「え・・・・・・、ちゃん・・・それって・・・・・・。」
そんな滝くんに、ちょっとだけ笑いそうになって・・・・・・。私も性格が悪いなぁ、と思った。でも、好きな人なら、笑顔ばかりじゃなくて、いろんな顔を見てみたいって思うでしょ?それに、いろんな顔を見せてもらった方が人間らしくて素敵だと思えるじゃない。
だから、私は滝くんがさっき言っていた、私の前では良い人に見えるようにしてる、とかそういう行動も、すごく人間らしくていいなって思ったの。私は滝くんを遠い存在だと感じてしまっていたからこそ、そんなに自分と変わらないんじゃないかなって思えて嬉しかったの。
それと同じで、私が今回笑いそうになったことも許してほしい・・・っていうのは、さすがに勝手かもしれないけどね。
「うん、私も滝くんのこと・・・じゃなかった。萩之介くんのこと好きだから。だからこそ、さっき、自分には勿体ないとか言い出したんだよ?」
「・・・・・・そっか。・・・ありがとう。」
「ううん。こっちこそ、返事遅くなっちゃってゴメンね?」
「・・・じゃあ、あらためて言うよ。」
「あらためて?」
すっかりいつも通りの笑顔に戻った滝くんが、真剣な声色で言葉を紡いでいく・・・・・・。
「うん。・・・ちゃん、俺は君のことが好きなんだ。だから、俺と付き合ってほしい。」
「・・・はい、喜んで。」
恥ずかしかったけど、私も満面の笑みでそう答えた。
・・・・・・やっぱり、今年はいつもとは全く違う1年になりそうだ。
ま、間に合ったー!!一応、3月中に完成できて、本当に良かったです!(笑)今月にアップした幸村夢「Will you experiment with me ?」も名前呼びがテーマになっており、この話も名前呼びがキーとなっているので、できる限り同じ時期にアップしたかったのです。
そうすれば、意図して“名前呼び”の話を書いたのであって、決してネタが被ってしまったなんてことは無いと思っていただけるかな、と・・・・・・(苦笑)。まぁ、事実は後者なんですけど;;
何はともあれ、久々の滝夢です!
個人的には、先に好きだと言われてしまうと、こっちも好きになる可能性が低くなるんです(笑)。でも、押し付けない感じだったら、わからないかも?と思って、こんな話を書いてみました。特に、滝さんのような方なら好きになれそうだと思うんです!だって、滝さんのことが好きですから(←これじゃあ、私が先ですね・・・/笑)。
さて、もうすぐ4月・・・皆様にとっても、素敵な年度が始まりますよう、心より願っております☆
('10/03/25)